治療もできて、トレーニングもできる二刀流が武器

AWARENESS ANATOMY®のストーリー Vol.2

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初めての渡米から帰国し、身体について真剣に学ぼうと決意。
カイロプラクティックスクールに通い、治療という世界を知る。

当時の恩師であるカイロドクターはすでに他界しているが、カイロプラクティックの本場、アメリカで学位を取得した日本人だ。

彼から治療という世界観を学んだ。治療技術をカイロプラクティックを通して学ぶが、何故、怪我を繰り返すのか?という疑問は解決しなかった。その答えは、海外に出て行った時に解明する。
 

 大学在学中に、日体大が日本スキーアルペンチームのトレーニング拠点だったことがキッカケで、日本のオリンピック、W杯代表選手達と交流する事になり、フィジカルケアをするようになった。その頃から、スキーヤーに帯同することが増えてきて、卒業後の進路をこの仕事をメインにしていこうと思うようになった。

 大学卒業後は、修士課程に進み、バイオメカニクスを探求する。教科書的なバイオメカニクスだけでなく、ずっと追い続けてきた、「何故、怪我を繰り返すのか?」は、研究しながら考えていたが、本当の意味で答えが出ていなかった。そのまま、大学に教員として残るが、色んな意味で、このままで良いのか?と悩んでいる時に、フランス・ロシニョール社のディレクターから、フランスに来ないか?と誘われる。


 意を決して、日本からフランスへ旅立つ。それが1986年のこと。ロシニョール社でフィジカルディレクションを任されたが、すぐに旧ユーゴスラヴィアでスタッフを探している、と言われ面接を受けに行った。渡仏して、4ヶ月後のことだった。ここで、治療技術が生きる事になる。

・・・・続く

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